

私はかなり昔、とある身体障害者施設で介護の仕事をしていました。そこには、事故で体の感覚が麻痺し思うように動かせなくなった方や、生まれながらの障害で日常的に介助を必要とする方など、様々な方がいらっしゃいました。
その中でも一番印象に残っている方がいます。当時60歳位の方で、若い頃の交通事故で腰から下の感覚が麻痺し、下半身を自分の意思で動かせない状態でした。一日の大半をベッドの上で過ごされていましたが、幸い腕や手は自由に動かせたため、リモコン操作で背もたれを起こしたり、テレビを見たり、読書をしたりして過ごされていました。

しかし、自由に過ごせるといってもベッドという限られた場所には変わりありません。入ってくる顔ぶれも景色もいつも同じで、情報を得られても話す相手や試せることは限られていました。
怪我をされたばかりの若い頃は体力もあり、車椅子バスケットボールのチームに所属されていたそうです。しかし年齢を重ねるうちに病気も重なり、スポーツをすることも諦めてしまっていました。普段はとても穏やかで、自分の体のことよりも職員である私たちの体を気遣ってくださるような、とても優しい方でした。

しかし、本人には想像もつかないような多くのストレスもあったはずです。やり場のない思いを私たちに強くぶつけられることもありました。そんな気持ちを理解しながらも、どうしてあげればいいのか悩む日々でした。
施設は禁煙でしたが、自由に身動きが取れる方は自ら施設の外へ喫煙に行かれることもありました。ある時、イライラを見せるあの方の気分転換について話し合っていた際、スタッフの一人が「ふと『煙草が吸いたいなぁ、でもダメだよね』と仰っていた」と教えてくれました。

当施設では、自分で動ける方が敷地内の喫煙所へ行くことは暗黙の了解でした。あの方は移乗の際に下肢を自分で抱えることができず、動作のすべてを私たちが介助する必要がありました。
でも、「少しでも自由な時間を持ってほしい」「自分のやりたいことを叶えてほしい」。そう思い、私たちはご本人に相談しました。結果、一日のうち午前と午後にそれぞれ時間を決め、車椅子に乗って喫煙に行くという一日の目標を作ることになったのです。

それからは毎日、車椅子への移乗を介助し、電動車椅子で自由に移動して、自分の満足いく時間にベッドへ戻るという生活が始まりました。
不思議なことに毎日笑顔が多くなり、私たちに怒りを向けることも少なくなりました。何より、自分で電動車椅子を操作するときの嬉しそうな表情を拝見するのが、私たちにとっては何よりの喜びでした。
介助には神経も人手も必要です。でも、少しの努力と時間の工夫で、いつもと違う景色を見せてあげることの大切さを、その時学びました。
介護の現場で、安全管理と「その人らしい暮らし」のバランスをどう取るか。これは永遠のテーマですよね。
「煙草を吸いに行く」という、外から見れば些細なことかもしれません。
しかし、それを「自分で操作して行く」という選択肢が加わるだけで、生活は劇的に変わりますね。
ご本人が見せたあの嬉しそうな表情は、まさに「自己決定権」を取り戻した瞬間の輝きだったのだと思います。
こんな時の車椅子は単なる移動の道具を超えて、こうした「小さな夢」や「ささやかな幸せ」を実現するための力強い手助けになります。
スタッフの皆さんのその「ひと手間」の工夫が、何よりも素晴らしいケアだったのだと心から感じました。
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