
10年前の話になります。「いずれ車いすなしでは生活できない日が来る。君もそれを認めなければならない時が来るだろう」と専門医に言い渡されました。
私は信じられず言い返しました。「いいですか。私はまだ19歳なんです。90歳じゃないんですよ」。すると告げられたのです。「世の中には30歳前に歩けなくなる人がいて、あなたもその一人になるんです」。
そんな言葉、まともに受け入れられるわけがありません。私は自転車に飛び乗って、そのまま走り去りました。生まれつきの脊椎の病で、一生不自由になるという宣告から逃げ出したかったのです。

それから何百キロも自転車をこぎ、海辺や美しい田園を旅し、郊外で働き、最後はロンドンの都市部で活動しました。しかし、その後の10年で脊椎の具合はみるみる悪化していきました。
周囲から「家で休んでいなさい」と言われ、タクシーの運転手さんはいつも無料で乗せてくれました。やがて前腕松葉杖と足の装具が手放せなくなり、ついにその日がやってきました。数カ月のギプス生活と脊椎の変形。専門医の言ったとおり、悲しくもそれは真実となりました。
測り知れない悲しみと無力感がありました。でも、人前ではいつもにこにこしていました。同じ経験をした人でなければ、おそらく理解できないでしょう。

突然、多くの人に頼らなければならなくなりました。援助が差し伸べられないと憤慨する自分にも気付きました。それを受け入れるのにも時間がかかりました。
しかし、その消極的な感情を克服したことで、生活はすっかり変化しました。自分中心に考えるのではなく、他の人の役に立ちたいという自信が持てるようになったのです。周りを観察すると、私のように多くを成し遂げられない人たちが大勢いることが分かりました。
今では車いすでの生活に順応しています。かつて自転車で走り回った自由な自分や、新鮮な空気を懐かしく思うこともありますが、それでも今の生活の中で前を向いています。

壁のコンセントの位置を高くしたり、スイッチを大きなものに替えたり、キャビネットを腰の高さに固定したり、ドアの蝶番を反対側に移したり。家が使いやすくなるように改善を重ねてきました。
スウェーデン人の知人に車いす設計者がいます。彼は自動車事故で両足が麻痺していますが、階段を上れる車いすや、より快適で操作しやすい車いすを常に考えています。彼のように、必要に応じて自分たちで改善していくのが車いすユーザーの日常です。

身体障害者が自分自身を助ける物品を考案すれば、それはすぐれた発明になります。手動の車いすを使えば、心臓や肺、筋肉の良い運動にもなります。
電動車椅子も素晴らしいですが、運動不足で筋肉が衰えるリスクもあります。賢明な選択には、あえて身体的な労を払うことも必要かもしれません。実は、手動車いすでも世界一周旅行は可能です。大切なのは、座席の高さ、バランス、重さ、機能を自分に適合させること。車いすは、できるだけ個人の必要に合わせて作ることが不可欠なのです。
19歳の時に突きつけられた厳しい言葉。そこから逃れるように自転車をこぎ続けた日々の痛みや葛藤は、読んでいる私たちにも深く伝わってまいります。
「車椅子を自分に合わせて作り変えていく」というお話は、ご自身の力で生活を取り戻していく歩みそのものですね。不自由を嘆くのではなく、自分の体と車椅子をどう馴染ませるかを考え抜くその姿勢に、強い生きる意志を感じました。
ご自身の貴重な経験をお聞かせくださり、本当にありがとうございました。
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