
生まれつき心臓が悪く、最近は急な不整脈に苦しむことがあります。発作のリスクを考えて、電車での移動や買い物などの際は車椅子を利用するようになりました。私が選んだのは、そのスポーティーな外観をとても気に入った日進医療器の車椅子です。
実際に日常的に使用していると、いろいろな体験をします。エレベーターに乗った際、急いでいる方に嫌な顔をされたり、良かれと思って車椅子を動かしてくれた方の手元が滑り、ホイールに手を巻き込まれて怪我をしたこともありました。

駅のホームの通路が、線路に向かって少し斜めになっていることに気づいていますか?車椅子を使い始めた頃、私はその構造に無頓着で、斜面で停車中に車椅子が勝手に動き出し、線路に落ちそうになったことがあります。その時は幸い、周囲の方に助けていただきました。車椅子に乗って初めて気づく街の「危険」は、他にもたくさんあります。

ストッパーの存在や、コンパクトに折りたためることも、身近にユーザーがいなければ意外と知られていません。教育の場で車椅子について学ぶ機会があれば、どんなに助かることかと感じます。また、理解があると思っていた友人に「車椅子だと家に入るのは困る」と遠回しに言われたこともあります。たためばコンパクトになることを伝えると驚かれましたが、そうした小さな無知の積み重ねが、生活の中でストレスになることも少なくありません。

小さなお子様連れの親御さんが「危ないからあっちに行こう」と子供を避難させる場面に遭遇することがあります。きっと、万が一ぶつかって怪我をさせないようにという親心からの言葉なのだと思います。
ただ、こちらも常に周りに気を配り、緊張しながら移動しているので、疲れが溜まっている時は、そうした何気ない言葉も少し寂しく感じてしまうことがあります。
また、車椅子に乗っているだけでジロジロと見られることも少なくありません。「どこが悪いんだろう?」と不思議に思う気持ちは分かりますが、そんな視線が重なるたび、少しだけ自分自身の心も守りたくなってしまうのです。

実際に乗る前は「今の時代、車椅子なんて普通のこと」と思っていましたが、現実は冷たい視線もたくさんあります。しかし、それ以上に温かい方に助けてもらうこともあります。車椅子生活にならなければ出会えなかった優しさ、そして社会の厳しさ。すべてが今の私を作っています。目線を下げて話してくれる友人の優しさが時に辛く感じた自分自身にも気づけました。どんな自分であれ、車椅子と共に歩む日々に感謝しています。
日常の中で感じる小さなストレスや危険、そして車椅子に乗ることで見えてきた社会の姿を率直に書き綴ってくださり、ありがとうございます。
特に「教育の場で知る機会があれば」という言葉には、多くの方が共感されるはずです。車椅子は特別な道具ではなく、当たり前にある生活の一部です。目線が変わることで出会う優しさと厳しさ、そのどちらも大切にされる姿勢に、とても心を打たれました。貴重なお話を聞かせていただき、感謝いたします。
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