自分の足で歩くことができなくなったとき、それまで父が持っていた生き生きとした表情は、まるで全て失われてしまったかのようでした。
若い頃からとにかく身体が頑健な人で、生涯寝込む姿など一度も見たことがなかった私は、目の前でみるみる衰弱していく父の姿に、ただただ呆然とするしかありませんでした。肺炎での入院をきっかけに身体の機能が一気に落ちてしまい、その後のリハビリ施設でも思うように歩行訓練が進まなかったらしく、とうとうベッドの上で寝たきりのような状態になってしまったのです。
リハビリを必要とする多くの方々で常に満員のリハビリ施設は、目に見える成果が感じられない利用者をいつまでも長居させてくれる場所ではありません。かといって、実家に帰ろうにも同居する母もかなりの高齢であり、寝たきり状態の父を自宅で介護することなど到底不可能な現実がありました。私たちは悩んだ末、デイサービス施設が提供している短期の宿泊サービスを繋ぎ合わせながら、本格的な介護保険施設への入所順番を待つ日々を送ることになったのです。
これまでの長い人生で大きな病気など一度も経験したことがなかった父にとって、自由を奪われる入院生活そのものが、精神的に耐え難い苦痛だったようです。病院内での移動はすべて車椅子となり、看護師さんに後ろから押してもらっていましたが、父の顔から笑顔は完全に消え失せ、いつも不機嫌そうで苦々しい表情を浮かべながら病室へと戻ってきました。
夜中になると一人きりの暗闇で激しい不安に襲われることも多かったらしく、ときには激しく何度も連打するようにナースコールが鳴り響き、夜勤の看護師さんを困らせていたことを、後から苦笑い混じりに聞かされました。自分の意志で歩くことができないということは、夜中に何か突発的な異変が起きても、自分の力ではどうすることもできないという極限の恐怖を意味します。きっと、悪い夢を見るたびに、小さな子供のようにたまらない孤独と恐怖感に襲われていたのだろうと、今になって胸が締め付けられます。