

「今日も体調は万全、快適な朝だ。さあ、今日も忙しくなるぞ!」と、腕まくりをしながら一日の仕事の段取りをテキパキと考える日々。これらはすべての人にとって当たり前の日常であり、そんな健やかな生活の流れに対して、普段は何の疑問も抱かずに過ごしているのが普通のことだと思います。
ところが、ある日突然、そのリズム正しい生活が音を立てて一変してしまう瞬間が、誰の身にも起こり得るのだと激しく実感した経験が数年前にありました。当時の私は体力に絶対の自信を持っており、病気とはまったく無縁の生活を謳歌していました。風邪を引いて寝込んでいる家族を見つけては、「気持ちが弛んでいるからだ!風邪くらい気合いで治しなさい!」と大きな声で一喝していたほどです。そんな傲慢だった私が、人生で初めて自分の身体の異変を感じ始めたのは、40代半ばを過ぎた頃のことでした。
いつもと明らかに何かが違う。「なんでこんなに身体がしんどいのだろう?」「このお腹の奥から這い上がってくる得体の知れない激痛はいったい何なんだ?腰でも痛めたのだろうか?」状況は時間が経つごとに悪化する一方で、日頃の強気な発言もこれ以上は通用しないと認めざるを得なくなり、私は恐怖を覚えながら病院へと直行することになりました。

診察の結果、医師から下されたのは「今すぐ即入院しなさい」という非情な宣告でした。何が何だか分からないまま、怒涛の勢いでベッドへ運ばれ、そのまま手術へと進んでいったのです。本当にあまりにも突然の出来事だったため、ここまでの経過はあっという間で、まるで自分が医療ドラマの主人公にでもなったかのような錯覚を覚えるほどでした。幸いにも手術自体は無事に成功し、命に関わる危機は脱して一安心したのですが、当時の術式は昔ながらの開腹手術でした。みぞおちのあたりから、おへその下3センチほどまでを一直線に深くメスで切り開く、まさに「切腹」状態。鏡で見る傷口は、本当に痛々しいものでした。
しかし、現代医学の進歩と方針には驚かされるばかりです。昔の常識とは違い、大手術をしたまさにその翌日から、容赦なくベッドを降ろされて歩行訓練が始まります。なんでも、術後できるだけ早い段階から歩いて身体を動かした方が、体内の血流が良くなり傷口の治りも劇的に早くなるのだそうです。驚く間もなく看護助手の方に付き添われて歩き始めたのですが、理屈はどうあれ、痛いものはとにかく気絶しそうなほど痛いのです。数日経ち、お腹を抱えながらなんとか少しずつ歩けるようになった頃、今度は術後の経過を詳細に調べるための検査として、広い病院内のあちらこちらへ毎日のように呼び出されるようになりました。
さすがに院内の移動は距離がありますから、見かねた看護師さんが移動用にと一台の車椅子を用意してくれました。自力で歩かなくて済むのはありがたいなと思う反面、まだ若い自分が車椅子に乗ることに、最初の内はどこか周囲の目が恥ずかしいという「気恥ずかしさ」が勝っていました。ところが、いざ車椅子のシートに深く腰掛け、看護師さんに背中を押されて院内の長い廊下をすいすいと進み始めた瞬間、その恥ずかしさは一瞬で吹き飛びました。「なんて快適なんだ…!」ついさっきまで、お腹の激痛に顔を歪め、脂汗を流しながら一歩一歩決死の思いで歩いていたのが嘘のようでした。病院内を滑るように移動しながら、私は生まれて初めて車椅子という道具の本当の価値を、身を以て思い知らされたのです。

長い入院生活の後半には身体も回復し、院内で車椅子を使うことはもうなくなりました。しかし、退院を目前に控えたある日、一時外泊の許可をもらって自宅に戻る途中のことです。「せっかくだから、家で食べるための何か美味しいものでも買って帰ろう」ということになり、家族と一緒に大手のデパートの食料品売り場へと立ち寄りました。とはいえ、これまでずっと病院の平坦な床しか歩いていなかった病み上がりの身体にとって、大混雑するデパートの広いフロアを自力で歩き回るのはあまりにも過酷で、すぐに疲れてしまいます。そこで、デパートの入り口に用意されていた無料の貸出用車椅子を借り、家族に後ろから押してもらいながら売り場を見て回ることにしました。これには本当に救われました。
怪我をする前であれば、商業施設の入り口にずらりと並んでいる車椅子を見かけても視界にすら入っていなかったはずですが、自分が当事者となった今は、「この道具があるからこそ、救われて外出を楽しめている人が世の中にたくさんいるんだな」と、感謝の目で見られるようになりました。そして、このとき私の中にひとつの大きな発見がありました。それは、「車椅子と一口に言っても、モノによって性能や使い心地がまったく違うのだ」ということです。
病院で毎日お世話になっていた車椅子は、確か背もたれに「MiKi(ミキ)」というロゴが入っていました。最初の印象で「子供服の有名なブランドが、医療用の車椅子も作っているのかな?」と勘違いしたため、名前を鮮明に覚えていたのです(おそらく実際には、歴史のある大手の専門車椅子メーカーなのでしょう)。病院の「ミキ」の車椅子は、家族が押しても軽い力で驚くほど滑らかに進み、狭い角もピタッと曲がれました。しかし、このデパートで借りた古い車椅子は同じようにはいきません。キャスターの動きが固く、家族が方向転換をしたり細かい通路を曲がったりするたびに、あっちへフラフラ、こっちへガタガタと悪戦苦闘。「ちょっとお母さん、身体が重すぎて全然曲がらないわよ!」と、押し手の家族が本気で悲鳴を上げてしまうほど、操作性に劇的な差があったのです。

病院の車椅子ではあれほどスムーズだったのに、道具が変わるだけでここまで押しやすさに違いが出るのかと驚きました。世の中、何歳になっても自分自身で実際に経験してみなければ分からないことが本当にたくさんあるのだなと、深く勉強になったのです。そして、このときに得た「車椅子の機能性への気づき」が、数年後、実家の父が本格的な介護を必要とする状態になったときに、最大の武器として見事に活かされることになりました。
高齢の親の介護が始まると、特殊寝台(介護ベッド)から始まり、トイレの補助用具、そして移動用の車椅子にいたるまで、準備しなければならない福祉用具が山のように出てきます。それらをケアマネジャーさんと選ぶ際、私は過去の車椅子経験者として、「したり顔」で家族に重要なアドバイス(注釈)を入れることができました。メーカー自体は提携しているレンタル会社のラインナップから選ぶため制限がありましたが、車椅子の「スペック」に関してだけは、絶対に妥協しないよう強く主張したのです。
私が指定したのは、折りたたんでコンパクトに収納できる「背折れ機能」、ベッドやトイレへの移乗の際に邪魔にならないよう肘掛けが上へとはね上がる「肘跳ね上げ機能」、着替えや体勢を変える際に格段に便利な「リクライニング機能やティルト機能」、そして狭い日本の住宅の廊下でも壁をこすらずコンパクトに回れる操作性の良さ、これらを網羅した高機能なモデルでした。当然、ただ座るだけの標準型に比べれば、機能が増えるほど月々のレンタル料金は高くなっていきます。しかし私は、「毎日つきっきりで介助をすることになる家族の肉体的な負担や、精神的なストレスを考えたら、このくらいの差額は安いものだ!」と言い切りました。
その後、時々実家に帰省して父を見舞い、数日間自分でも介護の手伝いに入りましたが、その選択が大正解だったことを身を以て実感しました。ベッドからの乗り移りも、狭い室内での方向転換も、機能がついているおかげで驚くほどラクに行え、「あのとき、絶対に多機能な車椅子にして良かった」と心の底から胸を撫で下ろしました。私の突然の大手術の経験も、そして現在の父の姿も、元気なときには1ミリも想像すらしない世界です。しかし、だからこそ「誰もがある日突然、車椅子の世話になる可能性を大いに秘めているのだ」という事実を、健康なうちから多くの人に知ってもらいたいと切に願っています。
ご自身の突然のご病気やデパートでの体験から車椅子の「機能性の違い」に気づかれ、その知識をお父様の福祉用具選びに完璧に活かされたという、素晴らしいエピソードをありがとうございます! 「機能が充実した車椅子を選ぶことは、介護する側のストレスを減らすために何より大切」というお言葉は、福祉用具を扱う私どもにとっても深く共感するものであり、多くの介護家族の心を救う素晴らしい視点です。
お話にありました通り、車椅子はメーカーやモデルによって設計思想が異なります。たとえば頑丈なスチール製自走式車椅子は、構造や機能がシンプルなぶん、直線での安定性や耐久性に優れており、平坦なスーパーや病院などで力を発揮します。
しかし、多方向への方向転換やベッド・トイレへの移乗が頻繁に行われる「在宅の室内」という限られた空間においては、機能が単調なために少し小回りが利きづらく、介助の際に負担に感じてしまう場面が出てくるのもまた事実です。
お父様のために選ばれたように、ベッドやトイレへの移乗をスムーズにする「肘跳ね上げ機能」や「脚部スイングアウト機能」、姿勢をラクに保つ機能などを備えた車椅子は、現代の在宅介護においていまや欠かせない主流となっています。
こうした機能をもつ製品は、一流メーカーである【MiKi(ミキ)】をはじめ各社から、軽量でコンパクトに扱える在宅・施設向けの「多機能型車椅子」として多数ラインナップされています。
介護の負担を劇的に減らし、ご家族全員が笑顔で過ごせるような最適な一台はぜひ当店でお探しくださいませ。
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