

子供の頃、私は車椅子に対してどこか不思議な「憧れ」を抱いていました。なぜなら、自分の足で一生懸命歩かなくても、座っているだけでどこまでも自由に移動できるように見えたからです。もしかしたら、子供時代にそんなふうに考えたことがある方は、わりと多いのではないでしょうか。オフィスにあるようなキャスター付きの椅子に座り、友達や兄弟に後ろから押してもらいながら「車椅子ごっこ!」なんて言って遊んだ記憶がある方もいらっしゃるかもしれません。
そんな無邪気な子供の遊びができるのも、今現在の自分が五体満足で、いつでも自由に動き回れる健康な状態だからこそ思える特権です。当時の私は、将来まさか本物の車椅子に自分がお世話になる日が来るなんて、夢にも思っていませんでした。しかし、ここ10年ほどの間で、私は人生で2度も車椅子に深く助けられる経験をすることになったのです。その2度のドラマを通じて、私は自由に動けることのありがたみと、車椅子という道具の絶対的な必要性を強く胸に刻むことになりました。
1度目の経験は、私自身が「座る立場」としてのものでした。当時、私は第一子を妊娠中で、確か妊娠7か月を迎えたばかりの大切な時期でした。ある朝、ふとした瞬間に下腹部に違和感を覚えたのです。まるで破水してしまったかのような、ジワリとした感覚でした。血の気が引くのを感じながら、急いでかかりつけの産院に電話を入れると、受付の方から「心配ですから、とりあえず今すぐ来てください」と告げられました。

ドバッと大量に破水したわけではなく、あくまで「あれ?もしかして…」と思う程度の微量な変化だったため、電話での私の説明がそこまで深刻に聞こえなかったのか、産院のスタッフの方々も最初はそれほど緊迫した様子ではないように見えました。ところが、産院に到着して受付を済ませると、やはり万が一の事態を考慮しての「破水疑い」という扱いだったからでしょうか。すぐにロビーにあった車椅子に乗せられ、待合室にいる他の妊婦さんたちよりも最優先で、真っ先に診察室へと案内されたのです。
担当の先生も最初は「一応ね、念のために調べておこうか」という落ち着いたトーンで検査を始めてくれたのですが、検査薬の結果が出た瞬間、診察室の空気が急激に凍りつきました。結果は、微量ながらも間違いなく「初期破水」を起こしているという、一刻を争う危険な状態だったのです。そのまま私は絶対安静となり、即座に入院することが決定しました。
本来であればベッドから一歩も動いてはいけない過酷な状況でしたが、どうしても動かなければならない検査や移動の際には、「車椅子での移動なら許可する」という条件付きで、常に車椅子を利用させてもらうことになりました。幸いにも適切な治療と車椅子による徹底した安静管理のおかげで、数日後には破水も無事に治まり、そこから3ヶ月後、念願だった元気な赤ちゃんを無事に出産することができたのです。もしあのとき、病院で車椅子という移動手段が用意されていなかったら、最悪の場合、大切な我が子を失うという残念な結果になっていたかもしれません。そう思うと、車椅子という存在の重要性が骨身にしみると同時に、自分の足で自由に歩ける日常のありがたさを深く実感せずにはいられませんでした。

そして2度目の車椅子体験は、それから数年後、今度は私の愛する息子が主役でした。息子が4歳になったばかりの頃のある朝、起きてすぐに突然「足が痛くて歩けない」と言い出したのです。当時、息子はとても甘えん坊な性格で、私が家事で忙しくて少しでも構ってあげられない時間があると、こうして嘘の不調を訴えて自分に注目を集めようとすることがよくありました。そのため、私も最初の内は「また始まったか」と、それほど真面目に取り合っていなかったのです。
しかし、朝食の時間になって何度名前を呼んでも、一向にリビングのテーブルへ来ようとしません。朝の忙しさから少しイラついた私は、思わず声を荒らげて息子を叱りつけてしまいました。それでもただしくしくと泣き続けるだけの息子の姿を見て、私はハッと重大なことに気づいたのです。いつもなら家じゅうを嵐のように暴れ回っているほど元気な息子が、床に座り込んだまま、本当に一歩も立ち上がれなくなっていました。
「この子は嘘をついていない、本当に足が激しく痛むんだ!」と初めて事の重大さに気づいた私は、血の気が引く思いでその日の予定をすべてキャンセルし、息子を抱きかかえて大急ぎで総合病院へと連れて行きました。病院の駐車場についても当然息子は歩けませんから、車から降ろしてすぐにおんぶをし、私は前かがみになって病院の重いエントランスをくぐりました。

まだ小さな子供とはいえ、息子は同年代の男の子よりも身体がひと回り大きく、体重もずっしりと重い方でした。受付を済ませて長い待ち時間を過ごす間も、息子の重みが容赦なく私の肩や腰にのしかかり、時間の経過とともについに私自身の体力の限界が近づいてきました。それでも、足の痛みに怯える我が子に「嘘でしょ」と冷たくしてしまった事への強い罪悪感(負い目)もあり、私は痛む身体に鞭打っておんぶを続けていました。息子自身も、自分の足が急に動かなくなった不安からパニックになっていたようで、私の背中から頑なに離れようとしませんでした。どこへ移動するにもずっとおんぶ。さすがに「もう限界、これ以上は無理かもしれない…」と絶望しかけたそのとき、1人の看護師さんが、私たちの元へ素早く1台の車椅子を調達して持ってきてくれたのです。
後から聞けば、病院の入り口には貸出用の車椅子がちゃんと何台も用意されていたそうです。しかし、私は我が子の突然のピンチに完全に気が動転していたせいで、すぐ目の前にあったはずの車椅子の存在がまったく視界に入っていなかったのです。本当に、これ以上ないという絶妙なタイミングで車椅子を差し出してくれた看護師さんの優しさに、涙が出るほど救われました。なぜなら、その後の診察では、上の階にある遠い検査室やレントゲン室まで何度も往復しなければならず、あのままおんぶで移動を続けていたら私の体力が持たないばかりか、途中でバランスを崩して息子共々転倒してしまう危険性すらあったからです。プロの看護師さんは、そこまで瞬時に見抜いて手配してくださったのだと思います。
車椅子に乗せられた息子は、最初は初めて触れる鉄の椅子に「おっかなびっくり」といった様子で固まっていましたが、やはりそこは男の子。しばらくして車椅子が静かに進み始めると、乗り物感覚で楽しくなってきたのか、先ほどまでの涙が嘘のようにすっかりご満悦の表情を浮かべていました。その後は車椅子のおかげで、広い館内の血液検査やレントゲン撮影も驚くほどスムーズに回り、無事にすべての診察を終えることができました。診断の結果、幸いにも大きな病気ではなく一過性の関節の炎症だったようで、処方されたお薬を飲むと2〜3日であっけなく完治してしまいました。1週間後、経過観察のために再び病院を訪れた頃には、息子はすっかり元通りに走り回っていましたが、病院のロビーを見るなり「またあの車椅子に乗りたい!」とおねだりしてくるほど、すっかり車椅子を気に入っていました(もちろん「もう治ったでしょ!」と即座に却下しましたが)。
自分自身が安静のために「座る立場」になり、そして今度は動けない我が子を支えるために後ろから「押す立場」になる――。この2つの全く異なる視点から車椅子を経験したことで、私は車椅子の本当の価値を知りました。車椅子という道具は、ただ単に「歩けない人の移動を助ける」だけでなく、乗る人の身体的・精神的な不安を和らげ、同時に、それを必死で支えようとする介助者の体力や心の手間を劇的に軽減してくれる、家族全員のための本当に重要な福祉用具なのだと、身を以て確信できた貴重な体験でした。
お母様ご自身の妊娠中のトラブル、そして息子さんの突然の足の痛みという、ご家族を襲った2度の危機を車椅子が見事に救ってくれたという、エピソードをありがとうございます!
お話にありました通り、予期せぬ怪我や急病など、人は誰しも「ある日突然、自力での移動が困難になる瞬間」を迎える可能性があります。 そんなとき、介助する側が「家族なんだから自分が背負わなくては」と無理をしてしまうと、お互いの負担が限界に達し、共倒れ(転倒事故など)の危険性を引き起こしてしまいます。 エピソードに登場した看護師さんのように、必要なときに適切な福祉用具を頼ることは、大切なご家族の安全と笑顔を守るための最善の選択なのです。
車椅子という道具は、ただ単に「歩けない人の移動手段」というだけでなく、乗る人の身体的・精神的な不安を和らげ、同時にそれを必死で支えようとする介助者の体力や心の手間を劇的に軽減してくれる、 家族全員のための本当に温かい介助用品です。元気なときにはなかなか想像しにくいものですが、誰もがそのお世話になる可能性を持っているからこそ、 いざという時は決して無理をせず、お互いが笑顔で過ごせるように優しい選択をしていきたいものですね。誰もが安心して暮らせる環境づくりの一助として、この貴重な体験談をぜひ多くの方に役立てていただきたいと思います。
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